広島地方裁判所 昭和40年(行ク)2号 決定 1966年2月14日
申立人 中平満和 外二名
被申立人 呉市交通企業管理者
主文
本件申立はいずれもこれを却下する。
申立費用は申立人等の負担とする。
理由
第一、本件申立の要旨
一、申立の趣旨
(一) 被申立人が、昭和三九年六年二三日申立人中平満和に対し、同年同月二五日同谷本豊、同田川博治に対し、それぞれなした各免職処分の執行は、本案判決の確定に至るまで、これを停止する。
(二) 被申立人は、申立人中平満和に対して昭和三九年六月二三日から一月金二九、三三〇円、同谷本豊に対して同年同月二五日から一月金二八、五八五円、同田川博治に対して同年同月二五日から一月金二三、〇二三円の割合による各金員を、本案判決の確定に至るまで、仮に支払え。
二、申立の理由
(一) 申立人中平満和は昭和三二年一一月四日、同谷本豊は同三四年三月一六日、同田川博治は同三三年八月五日、地方公営企業である呉市交通企業(呉市交通局)に採用せられ、何れも車掌として勤務していたところ、右企業管理者である被告は、同三九年六月二三日申立人中平に対し、呉市交通局職員就業規程第五一条第一号「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」、同条第九号「勤務状況不良の為数回に亘り注意を与えても改めない場合」、同条第一三号「その他関係法令、条例、規程等に違反した場合」に該当するとし、同年同月二五日同谷本、同田川に対し、いずれも右規程第四六条第一号「勤務実績がよくない場合」、同条第三号「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当するとして、それぞれ免職処分をなした。
(二) しかしながら、本件各免職処分には次のような重大かつ明白な瑕疵があり無効である。
(1) 申立人等は、いずれも総評傘下の日本都市交通組合連合会に加盟する呉市交通労働組合(以下、第一組合という)の組合員で、本件各免職当時、申立人中平、同谷本は第一組合の中央委員、同田川は第一組合の青婦部書記長の地位にあつたものであるが、第一組合は昭和三七年二月頃から呉市交通企業の電車ワンマンカーの採用等による企業合理化に反対し、更に同三九年二月五日同企業の提示した<1>職員の勤務基準の改悪、<2>休暇及び休務日の廃止、<3>諸手当支給の廃止、<4>退職年令の切下、<5>女子職員の首切、<6>被服貸与年数の一年間伸長、を内容とする第二次合理化計画案の実施に対し強く反対斗争を行つていたところ、右企業は第一組合を甚しく嫌悪し、御用組合である呉公営交通労働組合(以下、第二組合という)の育成と第一組合の壊滅を図り、かねてより第一組合の組合員に対し種々の悪辣な手段で圧迫を加え、本件各免職処分も、第一組合の指導的地位にある申立人等を企業外へ排除して第一組合の弱体化を狙つたものであるから、不当労働行為であつて、無効である。
(2) 申立人等の勤務状況はいずれも良好であり、本件各免職処分は、免職事由が全くないのになされたものであるから、任免権の濫用であつて無効である。
三、仮に、本件各免職処分が無効でないとしても右(一)、(二)の事由は本件各免職処分の取消事由となる。
四、ところで、本件各免職当時、申立人中平は月額平均金二九、三三〇円、同谷本は月額平均金二八、五八五円、同田川は月額平均金二三、〇二三円の各給与の支給を受けていた。
五、申立人等は、被申立人を相手方として広島地方裁判所に行政処分無効確認等請求訴訟を提起したが、申立人等はいずれも右各給与を唯一の収入としているものであつて、右本案判決の確定する迄、本件各免職処分の効力が存在するにおいては、申立人等は回復しがたい損害を蒙ることになり、これを避けるため緊急の必要がある。なお、申立人等は昭和四〇年四月二六日被申立人を相手方として広島県地方労働委員会に対して、右各処分は不当労働行為であるとして救済申立をなしており、右は、行政事件訴訟法第一四条第四項にいう「処分について審査請求をすることができる場合に、その審査請求があつたとき」に該当するから、右本案訴訟は出訴期間を経過していないというべきである。
第二、当裁判所の判断
一、本件における各疎明資料によると、申立人等はいずれも呉市の経営する軌道事業及び自動車運送事業を行う呉市交通企業(呉市交通局)の企業職員であり、車掌として勤務していたものであること、被申立人が呉市交通企業管理者として申立人等の任免権者であること、被申立人が昭和三九年六月二三日申立人中平に対し呉市交通局職員就業規程第五一条第一号「職務上の義務に違反し、又は職務を怠つた場合」、同条第九号「勤務状況不良のため数回にわたり注意を与えても改めない場合」、同条第一三号「その他関係法令、条例、規程等に違反した場合」に該当するとして懲戒免職処分をなし、同年同月二五日申立人谷本、同田川に対し、いずれも右規程第四六条第一号「勤務実績が良くない場合」、同条第三号「その職に必要な適格性を欠く場合」に該当するとして、分限免職処分をなし、右各同日、申立人等にそれぞれその旨通告したこと、が一応認められる。
ところで、申立人等は、地方公営企業に勤務する企業職員であり、地方公務員であることはいうまでもないから、右の懲戒免職処分及び分限免職処分はいずれも行政処分に該当するものと解するのを相当とする。けだし、地方公営企業の企業職員については、地方公営企業労働関係法の適用を受け、その限りにおいては他の一般地方公務員とその取扱を異にし、これに伴い地方公務員法の規定の適用が一部排除されているが(地方公営企業労働関係法第四条、地方公営企業法第六条、第三六条、第三九条)、地方公務員として地方公共団体との特別権力関係に相応する任用、懲戒、分限、服務等に関する規定の大半はいぜんその適用を免れず、地方公営企業の企業職員に対する懲戒免職処分ないし分限免職処分が行政処分たる性質を失うものではないからである。
二、そこで、先ず本件各免職処分に、重大かつ明白な瑕疵があり無効であるか否かについて判断する。
(一) 申立人等は、被申立人がかねてより第二組合の育成と、第一組合の弱体化を図り、その方策として第一組合の指導的地位にある申立人等を企業外に排除すべく、本件各免職処分をなしたものであるから、本件各免職処分が不当労働行為であつて無効である旨主張する。
本件各疎明資料によると、呉市交通企業には第一組合、第二組合の他に呉交通自動車労働組合の三組合が鼎立し、本件各免職当時申立人中平、同谷本が第一組合の中央委員、同田川が右組合の青婦部書記長の地位にあり、いずれも組合活動を活発に行つていたこと、呉市交通企業が昭和三九年二月五日右各組合に対し(1)職員の勤務基準の改正、(2)休暇及び休務日の改廃、(3)諸手当の支給の改廃、(4)希望退職年令の切下げ、(5)女子職員の優遇退職制度の新設、(6)被服貸与年数の伸長、を骨子とする「呉市交通事業経営改善対策案」を提示したところ、第一組合は右案の実施に強く反対し、一方第二組合は当初これに反対するも、漸次協調的態度を見せるようになつたことが、一応認められるけれども、本件各免職処分が、第二組合の育成と第一組合の弱体化を図るため申立人等の平素の組合活動を理由としてなされたとの点については、これを肯認しうるに足る的確な疎明はなく、又前記認定事実から、直ちに申立人等の右主張事実を推認することはできないから、申立人等の右主張は採用できない。
(二) 次に、申立人等は、申立人等の勤務状況はいずれも良好であり、免職理由に該当する事実が全くないから、本件各免職処分は任免権の濫用であつて無効である旨主張する。
そこで、本件各免職事由の存否につき検討する。
申立人中平の懲戒免職事由について。
本件各疎明資料によれば、申立人中平は昭和三九年六月一七日午前八時五〇分頃、呉市交通局東輸送事務所車庫内において、自己の乗務するバスを洗車場に入れる際、同車庫内に置いてある乗客のいない他のバス(F第五七一二号)が邪魔になつたので、右バス(F第五七一二号)を運転し、約二米移動させたこと、呉市交通企業においては自動車運転取扱規程第二条の二、自動車乗務員服務要領第五条により、車掌勤務を命ぜられた者がバスを運転することは禁ぜられていたので、申立人中平の上司である重頭睦指導係長が申立人中平の右行為につき注意を与えたところ、同人の注意の仕方が乱暴であるとして、右注意を聞き入れず、かえつて同人に対し反抗的態度をとつたこと、申立人中平の平素の勤務状況についても、車掌として声が小さく、改鋏にも積極性なく、乗務中しばしば腕章を着用せず、又、当局側から車掌の服装を統一する為、車掌が職務上携帯する鞄は、肩から斜めに掛けるよう指示されていたにも拘らず、腰に鞄をかけたりして、勤務成績は良好でなく、指導員その他の上司から度々右の各点につき注意指導を受けながら、その態度を改めようとしなかつたこと、そこで被申立人から右の各行動が前記就業規程第五一条第一号、第九号、第一三号に該当するとして懲戒免職処分を受けたこと、を一応認めることができる。
申立人谷本、同田川の各分限免職事由について。
本件各疎明資料によれば、右申立人両名は、飲酒して終バスに乗り遅れたため、昭和三九年五月二四日午前零時以降、呉市交通局中央のりば乗務員宿泊所に、勤務に関係なく無断で宿泊し、他の宿泊勤務者の睡眠の妨げとなつたこと、申立人谷本は昭和三八年一二月二〇日、同三九年五月二五日の二回に亘り、又申立人田川は同三九年六月八日、いずれも指導員の臨時精算の要請(車掌が乗車券と現金の授受について適正を期しているか否かを確認するため随時行われるもの)を拒否したこと、申立人谷本の平素の勤務状況についても、車掌としての接客態度、改鋏、車内整理、前記の鞄のかけ方等について欠くる点があり、勤務成績は良好でなく、指導員その他上司の注意指導に対しても従順でなかつたこと、申立人田川の平素の勤務状況についても、無断欠勤がしばしばあり、車掌としての接客態度、改鋏、名札、胸章の着用等に欠くる点があり、勤務成績不良で、指導員その他上司の注意指導に対しても従順でなかつたこと、そこで被申立人から、いずれも前記就業規程第四六条第一号、第三号に該当するとして、分限免職処分を受けたことを、一応認めることができる。
ところで、地方公務員に対する懲戒免職処分ないし分限免職処分は、任免権者の純然たる自由裁量に委ねられたものではなく、その権限の行使にはおのずから一定の限界があり、その処分の前提となる事実の存在が認められない場合、或いは社会通念上著しく妥当を欠く場合には、違法処分たることを免れない。
そこで、本件各免職処分に無効を招来する程度の違法があるか否かについて判断するに、申立人等の前記認定の各行動ないし勤務成績等を勘案すると、本件各免職処分につき、取消事由となるべき違法があるか否かはともかくとして、重大かつ明白な瑕疵があるとはとうてい言うことはできない。よつて申立人等の本件各免職処分が任免権の濫用であつて無効である旨の主張も採用しがたい。
三、次に、申立人等は、本件各免職処分が無効でないとしても、本件各免職処分には取消さるべき違法がある旨主張する。
しかしながら、行政処分の執行停止の申立は、その前提となるべき本案の訴が適法であることを要することは言うまでもないところ、申立人中平は昭和三九年六月二三日、同谷本、同田川は同年同月二五日、それぞれ被申立人から本件各免職処分を通告されたものであることは前記認定のとおりであり、申立人等が被申立人を相手方として当庁に行政処分取消等請求の本案訴訟(広島地方裁判所昭和四〇年(行ウ)第一号行政処分取消等請求事件)を提起したのが昭和四〇年二月一五日であることは当裁判所に顕著な事実であるから、右本案訴訟は、本件各免職処分の取消を求める部分に限り、いずれも行政事件訴訟法第一四条第一項所定の出訴期間を経過した不適法なものとして却下を免れず、従つて申立人等が本件各免職処分に取消事由がある旨主張して、その執行停止を求めることは失当といわねばならない。
なお、右出訴期間の徒過に関して、申立人等は、昭和四〇年四月二六日被申立人を相手方として広島県地方労働委員会に対して救済命令申立をしており、右は行政事件訴訟法第一四条第四項にいう「処分につき審査請求をすることができる場合にその審査請求があつたとき」に該当するから、右本案訴訟は出訴期間を経過していない旨主張するけれども、地方公営企業の企業職員が懲戒、分限その他不利益処分を受けた場合に審査請求等の行政不服申立をなしえないことは地方公営企業法第三九条に規定するところであり、又地方労働委員会に対する救済命令申立が行政事件訴訟法第一四条第四項所定の審査請求に該当するとはとうてい解し難いから、申立人の右主張は採用できない。
四、次に、申立人等は、呉市交通企業の職員の地位にあるとして、給与相当額の支払を求めているが、前記認定のように本件各免職処分につき無効ないし取消事由が認められないものであるから、右申立はその前提を欠くのみならず、本件各免職処分の執行停止において給与相当額の仮払いを求めるが如きは、行政処分について民事訴訟法上の仮処分を禁じた行政事件訴訟法第四四条の規定に反し許されないから、失当といわねばならない。
五、以上のとおりであり、申立人等の本件申立は、いずれも行政執行停止の緊急性について判断するまでもなく、失当であるから、これを却下することとし、申立費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり決定する。
(裁判官 熊佐義里 西内英二 反町宏)